「祖父へ」

田代香織(長崎県)

「よい人に出会いなさい。」
これは祖父から私に残された最後の言葉である。享年九十二歳だった。私はずっと、祖父は私に結婚を望んでいるんだと思っていた。若いうちに妻を亡くし、男手ひとつで三人の子を育て上げた祖父だから、孫に苦労はさせまいと考えての言葉に違いないと。
葬儀は祖父の遺言どおり近所の公民館で行われた。しかし唯一の遺言とはいえ、その葬儀については様々な問題があった。何しろ田舎町の小さな公民館である。道路はやっと車が通れる程度のもので駐車場なんてない。畳には煙草の焦げ後がついている。これでは列席者へ迷惑をかけないだろうかという不安を家族皆が感じていた。
するとどうだろう。公民館には百人近い人で大行列をつくりながらも、そのひとりひとりが「こんなにいい葬儀ははじめてです。」と涙ながらに頭を下げるのだった。列席者は親戚をはじめ、そのほとんどが祖父を慕い交流のあった知人である。そして「あなたのおじいちゃんは本当によい人だったのよ。いつも人との出会いを大切にされててねぇ。」と、多くの人が言うのだった。
祖父は、控えめな性格で口数も少ないほうだったと思う。私はそんな祖父しか知らなかったから、祖父の言葉や、その人生さえも、自分なりの解釈をしてしまっていた。祖父の人生は、たくさんの人との出会いの中で幸せに満ちたものだったと、この葬儀が教えてくれた。「よい人に出会いなさい。」この言葉の本当の意味もようやくわかった気がした。
その日、祖父は大勢の知人に囲まれて小さな公民館から天国へと旅立った。「おじいちゃん、私も人との出会いを大切にするよ。そして、今まで以上に人に優しくできそうな気がする。ありがとう。」やっと、気づいたこの想いが、どうか天国の祖父に届きますように。

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