「あこがれ」

生野由美子(宮崎県)

すごい勢いでマンションの扉が開いた。五歳の次男が飛び込んできた。「おかあさん、おかあさん、すごくきれいなあこがれだよ!」私を通路へ引っ張ってゆく。
西の方角の池田の山に今まさに陽が沈み終えようとしていた。少し甘いような埃っぽいような春の夕暮れの匂いがして、曖昧に靄っていて、オレンジ色にほんのり紫が混じった空気が私たちを、マンションを、街を包んでいる。なんと美しい黄昏なのだろう……。五階の通路の手すりにもたれてしばらく見とれていた。
「おかあさん、こういうあこがれ時にデートをするといいんでしょう?」「……?」
“黄昏とあこがれ”なんと素敵な間違いなのだろう。私はこの幸せな二重のプレゼントの中にいた。永遠に続いて欲しいと思う時間の中に。
三十年前、大阪府箕面市に住んでいた時のことである。
その後、我々転勤族はニューデリーやジャカルタに子どもたちと一緒に住んだ時期もある。帰国後、次男は日本の学校について行けず、苦労しながら自分でデザインの道を歩いている。世界のどこで放り出されても生きていけるようにと育てたつもりでも、心配なことばかり。待つことしかできない。
いや、「待つこと」ならできる。この子のために本気で待つことができるのは母親だけかもしれない。信じて待つ。心をこめて待つ。黙って待つということは本当に辛いことだ。それを支えてくれたのが、あの「あこがれ時」だった。
今までいろいろな所で素晴らしい黄昏と出会ってきた。土漠の地平線やインド洋に沈む夕陽なども見た。だが、次男のくれた「あこがれ時」は、彼と向き合う私の一生分の幸せなのだと、時が経つほどに思う。
私が独り宮崎に住んで十五年、あこがれと黄昏は私の心の中で同義語として棲んでいる。そしてそこには、牧水の「あくがれ」も同棲しているらしい。

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