「柔らかな空気」
安原 勝則(兵庫県)
「ねぇ、きいてるの」
新聞を読んでいた父に向って母が責めるように問い質す。毎晩、その日にあった出来事を父に聞いてもらいたい母が口にする言葉であった。仕事の疲れが残る父はそれを右から左へ聞き流すかのように押し黙っている。
「空気のような人なんだから」
父の態度に苛立ちを覚える母が続けた。このような我が家の光景は珍しくもなかった。寡黙な職人気質の父に対して、饒舌で明朗な母が日頃のストレスを発散させるかのように口を開く。息子の私の目から見れば、どちらの側にも軍配を上げたい気持ちだった。
そんな自分も息苦しい沈黙は好まないほうだ。だから、父の存在を空気のように受けとめる幼少期を過ごした。居るか居ないかさえも感じないのである。空気という表現は父に対する侮蔑の言葉だったのかもしれない。
社会人になった私は日々の激務に追われ、心身ともに疲弊するようになった。帰宅後は母の問いかけに返事のひとつもしないこともあった。緊張感のある職場で苦痛を感じるほどの会話を強いられるため、その鬱憤を家庭での言動で晴らしていたのかもしれない。
そのような日常に何の違和感も抱かなくなり始めた私は、幼い頃の父の姿をようやく理解できるようになっていた。自分自身も家庭の空気になりかけていたからだろうか。
冷静に考えれば、空気のような間柄というのも悪いものではない。傍に居るだけで神経を研ぎ澄ますような職場の人間関係に比べれば、精神的に余程健全なものである。家族の最大の良さなのかもしれない。だからこそ、毎夜足早に家路を急ぐ自分がいたのだろう。
阪神大震災に見舞われた朝、台所の母が食器棚の下敷きになりかけたことを思い出す。「おい、大丈夫か。しっかりしろ」
飛び起きた父が血相を変えて必死に母を抱き起こしていた。父はただの空気ではなかった。尊い愛情を秘めた柔らかな空気だった。
